中絶は神の規律に反しない

中絶(堕胎)は神の規律に反していないとマシューさんは言う(190614)その理由は神の規律にはそれが入っていないかららしい。神の規律は宇宙が整然と運行することに関することに限られると言う。

 

中絶賛否の論争の中で最も問題になるのは、胎児に魂が入る時期だと思う。中絶は魂の命を破壊してしまうと思うからであろう。でも体内で発達中の体の魂の命が破壊されることは絶対ないと言う。魂の本質は光なので、それは破壊できないからであろう。

 

魂がいつ体内に入るかはその魂の選択によると言う。もし魂が、体内で成長や出産時の経験をしたいのなら適当な時期に胎児の体内に入る。適当な時期は受胎直後から出産間近まで様々だ。早めに入っても生まれることを止めれば、流産となり、生まれる直前に気を変えれば死産となるらしい。生まれるまでは体外で経験を積み、生まれてから体内に入ることもあるし、別な魂にその体を譲る場合もあるという。

 

要するに、魂の命は破壊されることはないので、中絶は、神が規律に入れる必要がないのであろう。ないものに反することは出来ないし、合致することもない。

そして、やがて、堕胎は悪だと考える人は考えを変え、中絶を望むものは合法的にできるようになるという。

 

このことが、中絶をしなければならない状況の人たちにとって、一つ肩の荷が下りることになって欲しい。